赤の女王 牛る馬猪ふ

なまずブログ

2015年7月2日

××の誕生

×が発見された『赤い殺意』の脚本

たとえ水面が静かに見えても、その下で何も起きていないわけではない。
なまずは水底の泥に潜み、長い髭の先を揺らしゆっくり移動して餌を狙う。間抜けな顔をしているが獰猛な肉食魚なのである。 なまず映画も次の展開に向けて動いています。いずれ水面に浮かび上がり、ぬるぬるした姿をお見せできる予定なので、しばしお待ちを。

古い脚本を整理していて思い出したことがある。
俺は独学で、脚本の書き方を習ったことがない。入門書の類も嫌いなので読まない。脚本は観客に読ませるものではなくスタッフとキャストがわかればよい。簡単な形式なのでプロの脚本を読んでいれば誰でも書ける。極論すれば、面白い映画が撮れるであろう内容なら、どんな形式でもいいのだ。
ただ一度だけ、どう書けばいいのかわからなくて悩んだことがあった。プロになった時だ。
例えばマンションの一室で夫婦喧嘩があったとして、その次に夫婦喧嘩の直後の状態を書きたいとする。どちらも同じ場所だから、

Scene1マンション
    妻が夫の髪を掴んで頭突き。
    夫、鼻血を噴き出し、逃げながら隙をついて反撃、
    二人絶叫して殴り合う。
「殺してやるう」
「お前なんか、お前なんか嫌いだあ」

Scene2マンション
    夫と妻、荒い息で座っている。

となる。でも同じシーンが並ぶと格好悪い。もし更に同じシーンを重ねたいときには、

脚本には様々な稿があり構成や台詞がかなり違う

Scene1マンション
Scene2マンション
Scene3マンション

となってしまう。何となく無駄な感じがするでしょう? こういう場合、途中に外の風景なんか挟めば、

Scene1マンション
Scene2風景
Scene3マンション

となって一応格好はつくんだけど、どうしても直結にしたいのだ。これは編集の問題でもあるので、脚本としては準備して撮影が出来る情報さえあればよい。そこで苦し紛れに「*」を打って、

Scene1マンション
    妻が夫の髪を掴んで頭突き。
    夫、鼻血を噴き出し、逃げながら隙をついて反撃、二人絶叫して殴り合う。
「殺してやるう」
「お前なんか、お前なんか嫌いだあ」
       *   *   *   *   *
    喧嘩の後。二人、荒い息で座っている。

と書いてみた。

そのままプロデューサーに渡すと何も言ってこない。印刷では「*」ではなく「×」が三つになっていて、スタッフはその部分を「バツバツ」と読んでいる。「バツバツ前」とか「バツバツ以降」とか。
なので、それからは「×××」と書くことにした。

あるとき親父と飯を食っていて、たまたま脚本の話になった。

おそらく×の誕生である
定着しなかった謎の☆

最初はどう書いていいかわからなくて「*」を打ってみたらそれで通ったという話をしたら、親父が「実はそれは俺が作った」と言い出したのだ。
親父によれば、「同一場所・別時間の直結」というのは、それまでやってはいけないと言われていたそうだ。
なるほど、昔は観客が混乱しないように作るのが当然だったから避けられてきたのだろう。この方法を使うと同じ場所なのに時間経過があるから、突然人物の配置がズレて見える。当時の映画では事故か失敗、もしくはド下手に見えたろう。
親父はある映画でそれをやると決めた。でも業界のタブーだから書き方が存在しない。

そこで、原稿用紙に×を書いてそれ以降は別時間だと宣言し、いつしかそれが定着したというのである。
だったら教えてくれよとも思ったが、こっちに相談する気がなかったのだから仕方ない。

今、手元にある「赤い殺意」の脚本を見てみると、唐突に「×」が書かれている場面が一つあった。その前の稿にはあったト書きが省略されて「×」になっている。「×××」ではなく「×」が一つだけだ。

親父の言うことが正しければ「×」の誕生である。

もう一つ「☆」がこれも一つだけ書かれている場面があった。それは回想の後半で、回想の終わりとも読めるし「×××」の意味もあるような感じ。
親父の映画を観れば、作品ごとにいろんな実験をしていることがわかる。泥臭いものを好んで描くので誤解されるが、そもそもラディカルなスタイルの作家で保守的な映画の作り方を常に疑っていた。というよりも保守的な「上手な映画」に我慢できなくなるのだ。俺も同じ体質だからよくわかる。

新しいことをしようと思えば新しい表現を作らないといけない。「×」は定着したが「☆」は消えた。でも新しい映画を作っていくうち「☆」が必要になるかもしれない。「凸」とか「☀」なんかも。

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