赤の女王 牛る馬猪ふ

なまずブログ

2016年7月31日

妙な話の研究


この夏のなまず映画は8月6日目黒のお寺・高福院、8月20日名古屋の劇団pH-7地下劇場、9月17日は目白庭園の赤鳥庵にて上映を開催いたします。
いずれも『魔王』『赤の女王』両作品を上映、目白庭園では今村昌平のドキュメンタリー『からゆきさん』『ブブアンの海賊』の上映もありますのでお楽しみに!

前にも書いたが、昔から、とりとめなくいろいろな研究をしてきて、それが作品になったりならなかったりする。例えば『魔王』は方位の研究とソシオパスの研究から生まれた。『赤の女王』は免疫の研究と日本語のリズムの研究から。多かれ少なかれ、俺の作品には研究成果が投影されている。『世界で一番美しい夜』のきっかけは小さな新聞記事だったが、長年の古事記や神話研究が役立った。
一つのことを五年ぐらい研究していると、物語がもやもやと出現してくる。作品にすると、もやもやが少しすっきりする。なかなか作品の形にならないものもあって、これはずっと頭の中でもやもやしている。
研究課題の一つに、「妙な話」というものがある。いつか作品にしようと思って、妙な話を集めてきた。気づけばそれが膨大な数になり、ちゃんとした形にできぬまま、もやもやしていて困っているのである。
例えば、こんな話がある。
ある男が常陸守として任国した。任期の終わり頃の四月、風がおどろおどろしく吹き、海も酷く荒れた夜に、東西の浜という所に死人が打ち寄せられた。
この死人、身の丈が五丈余り(約15メートル)もあったという。
横臥した体は半ば砂に埋もれていて、こちら側からは、向う側の騎馬の人が手にした弓の先端しか見えない。首から断ち切られて頭を失い、右の手、左の足も無かった。鮫に食われたと思われる。もし五体が揃っていたら驚くべき巨人であったに違いない。身体の形や肌つきから察するに、女のようであったという。
陸奥の海道という所でも巨人の死体が上がった。これも砂に埋もれて男女の別は付け難いが恐らくは女で、見物に出ていた有識の僧が「思うに、阿修羅女などにやあらん」と推量したという。国司は面倒を恐れて朝廷への報告を止め、隠蔽した。
巨人の死体を見た侍が、「もし、かかる巨いなる人の攻め来る時は、如何すべきや。はたして箭(矢)の立つやいかに、試みん」と言って放ったところ、深々と突き刺さった。人々は、「見事に試みたり」と讃めて、侍の用意に感じ入ったという。
巨人の死体は、数日を経る程に腐乱が進み、物凄い悪臭で周囲十町二十町の辺りは人が住めなくなって、皆逃げ出してしまった。

これだけの話だ。何だかわからない。
巨大なものが流れつく話は各時代各地にいろいろあって、それぞれ面白いが、いつも何だかわからぬままである。この話は舞台『引き際』に反映しているのかも。あれは放射能で汚染された東北の海岸に、巨大な海獣の死体が次々に流れ着くという話であった。睫毛の長いのがメスだったっけ。
こんな話もある。

幕末のこと。ある侍に使用人がいて、その妻は近くの木綿屋の下働きをしている。八月になった頃、妻の背中や横腹がしきりに痛んで、家に帰り床に伏してしまった。
心配で看病していると妻の様相が変わり、「このたびアメリカ国の要請によって千匹の狐が来日する」と言いだした。「実は我々は遠く薩摩からはるばる来た狐だ。アメリカの狐がどんな働きをするか見届けるために来たが、空腹で困っている。何か食わせて欲しい」と言うのである。
驚いて飯を用意したところ、妻は狂ったように大飯を食らい、ふらふらと歩きだしたと思ったら、我に返った。

ここで終わり。
アメリカの千匹の狐がどうなったか、薩摩の狐は何を見届けたのか、大変気になるところだが、ここで終わっていて、何だかわからない。

京都に屏風屋があった。

その倅が高熱を出し、腹に腫れ物ができた。やがて腫れ物が口を開いたかと思うと言葉を発し、しきりに食い物を要求する。食わせないと汚い声で罵るので始末が悪い。
いろんな医者に診せたが、皆どうしようもないと匙を投げた。二ヶ月後、ある医師が、腫れ物が嫌いというものを選んで配合すると、無理矢理喰わせてみた。
すると倅は七転八倒の苦しみである。十日ばかりしたとき、突如肛門から長さ一尺一寸の生き物が飛び出してきた。頭に一本角があって「雨龍かと思われるもの」だ。
で、それを打ち殺したら倅は完治したという。

相模国の浦に百姓の住む一村があり、そこには北条家の侍たちも住んでいる。
あるとき、村に住む中間が患って死んだ。夜更に野原に埋めてやろうと、友人たちが集まり、日が暮れるのを待っていた。そこへ見慣れぬ男が来て、人々には会釈もせず、死人の前に座ると声を限りに泣き始めた。
と、死んだ中間がむくりと起き上がった。見慣れぬ男も立ち上がり、二人は何も言わずに殴り合いはじめるのだ。集まった人々は驚いて外に逃げ、扉を閉ざした。
閉じ込められた二人はしばらく殴り合っていたが、夕方、物音が静まった。そっと戸を開いて中を見たところ、二人は一つ枕で並んで横たわっている。背恰好から、顔、髪の形、身に着けた衣服に至るまで、まったく同じ様子で、友人たちもどっちが本物か見分ける事ができない。
で、二人とも一つの棺に入れて埋葬し墓を作ったという。

……きりがないのでここらへんでやめておく。
こんな話が山のようにあるのだ。道具立てなどは具体的なのにぶつっと終わって、「不思議なこともあるものだなあ」と投げ出される。ちゃんと解決してない。何だかわからない。
奇談・怪異譚だけでなく、艶笑譚、事件簿、由来話、仏教説話風、時代も中世から明治、大正、戦中、戦後にだってあるし、日本から中国やインド、中東、東欧、いや全世界、もう想像を絶するような話が残っていて、俺のコレクションは増える一方だ。
俺は神信心もしないし疑い深いほうで、オカルトも信用していない。だけど、こんなに沢山、妙な話があるということは、おそらく、人間にとって世の中というものは、本来わからないことが常態で、わかるほうが異常なのではないだろうか。
現代に生きる我々は科学や理屈ですべてわかったような気がしていて、正しいと信じられている物理法則の中でドラマや物語を作っている。しかし人間の認識するこの世界は、もっと曖昧で複雑で、因果と縁が入り乱れ、混沌としたままそこにあるのではないだろうか。
だとすれば映画も、ぶつっと投げ出すように終わっていいのかもしれない。小説では今もよく使われている方法だし、映画ならもっと効果的にできる。昔の映画は乱暴に終わっているものも多く、ぶった切るように「完」の字が出たりして、『魔王』はそれを意識して作ってみた。

『妹と油揚』より

「妙な話」の味わいに近い妙な映画といえば──『妹と油揚』がそうだった。でもあれはまだ普通の映画だ(世間はどう思うか知らないが)。研究が進んだ今なら、もっと「妙な」映画を作れるかもしれない。混沌としたままそこにあるような、普通の意味とはまったく違う「リアルな」映画。
頭の中をもやもやさせながら、俺はそんなことを考えているのである。

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