魔王 | なまず映画、あるいは第二の選択

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2015年5月10日

水木しげる認定監督

水木しげる先生が「ビッグコミック」の連載を中止されたという。93歳なので体調が大変心配である。水木しげる先生は間違いなく我が国の宝だ。一日も早い快復を祈っている。
ところで――俺は水木しげる認定監督なのだ。

あるとき、自分の映画に冠というか「××認定」とか「××推薦」とかつけるとして、どんなものがいいだろうか、とぼんやり考えていた。何でそんなことを考えていたか覚えていない。しかしそのとき「水木しげる認定」が一番カッコいいと閃いたのだ。

俺は子供の頃から漫画はそれほど愛好しない性質で、限られた作家の漫画を単行本で買うだけだった。その中でも「水木しげる」は特別な存在だ。まず、とにかく画が素晴らしい。漫画は画が「動いて見える」ことが重要で、どんなに「上手い画」でも止まって見えるものは漫画としては価値がない。例えば手塚治虫やちばてつやの画は流れるように動いて見える(エイゼンシュテインのスケッチも動いて見える)。水木さんの画は日本の伝統にヨーロッパの幻想や古代の美術を重ねたような印象で、そこでは霊的なものの存在が「動いて見える」のである。
それ以外にも、物語などどうでもいいということ、人間を描くことがはすべてではないこと、等々大切なことをいろいろと学んだ。戦争と戦場の実際、貧困との闘い、ニヒリズム、独特の気の抜けたユーモア、南方熊楠の存在をはじめて知ったのも水木さんの短編「くまくす伝」だった。つげ義春は同時期に読んでいたが、後に水木さんのアシスタントだったことを知った。
『妹と油揚』を見てくれた漫画家の根本敬氏が「貸本時代の水木しげる作品のようだ」と評してくれたがそれは最高の褒め言葉だ。『妹と油揚』は妖怪映画であり、水木さんの影響なくしては撮れなかった。撮影の岡田初彦が大の水木ファンで、水木作品の魅力についてよく語り合ったものだ。

『妹と油揚』より

さて、認定を閃いたが勝手に名乗るわけにはいかない。知人に頼んで調布の水木プロダクションを訪ねることにした。駄目もとである。玄関でご挨拶すると、初めてお会いした水木さんは眼鏡をずり上げ「むむ、妖怪かと思いましたが人でしたか」と呟いた。俺が舞い上がったのは言うまでもない。
応接室で意を決して「認定を下さい」と頼むと「いいでしょう」と水木さんはおごそかに頷いた。俺は「ガロ」という漫画雑誌の水木しげる特集に寄稿したことがあり、水木さんはそれを読んでいて「あなたは大変勉強しています」と言い、しばらく妖怪の話などしたかと思うがあまりの幸福によく覚えていない。気づけば水木さんはいつのまにか姿を消し、仕事部屋で猛然と漫画を描いていた。
というわけで、俺は(おそらく世界で一人の)「水木しげる認定監督」である。
水木しげる先生の認定をいただいたのだから、もう誰の認定も必要ない。結局、映画の冒頭に掲げることはしなかったけど、俺は無敵になったのだ。

そういえば『赤の女王』の顔合わせの後の居酒屋でたまたま「水木しげる認定」の話をしたところ、同席していた松浦祐也が突然興奮して立ち上がり、「あの、俺は、俺は!」と叫んでズボンとパンツを脱ぎ始めたことがあった。聞けば松浦君も筋金入りの水木ファンで、パンツを脱いだのには驚くべき理由があるのだが、松浦君の名誉のために伏せておきたい。
仕事場には「一喜一憂しない」という先生の色紙が飾ってある。あとは認定監督として恥ずかしくない仕事をするだけだ。お元気ならば『魔王』と『赤の女王』をぜひ見ていただきたいと思っている。

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