天願大介のなまずブログ

2014年10月11日

蝸牛と柳田國男と北原白秋とマザー・グース

陸貝の中で殻を持つのがカタツムリ。持たないのがナメクジ。結局ナメクジと同類なのだった。

俺は「台詞」「言葉」について長年いろいろ考えてきた。それで『赤の女王』の脚本を書く際、ある実験を行った。新しい言語を作るという実験だ。一ヶ月実験した結果いろんな理由でそれは諦め、「新しくない言語」を作ることにした。何のことかわからないだろうが、映画を御覧いただけばわかります。
で、今回の台詞の中には「ででむし」という言葉が頻繁に出てくる。「ででむし」とはでんでん虫のことだ。

民俗学の柳田國男が昭和五年に発表した「蝸牛考」という論文がある。
柳田は生物としての蝸牛を研究したのではなく、「蝸牛」の呼び名を研究し、この先駆的論文を書いた。
身近な生物である蝸牛は日本全国、人々の生活圏に棲息している。だからどこにでも呼び名がある。柳田によれば、それらは「ででむし・でんでんむし系」「まいまいつぶろ系」「かたつむり系」「つぶら・つぐらめ系」などに分かれ、なめくじや螺なんかと区別しない地方もあるそうだ。
調べてみると東北北部と九州西部では「なめくじ」、東北と九州で「つぶり」、関東や四国で「かたつむり」、中部や中国で「まいまい」、近畿では「ででむし」と呼んでいることがわかった。そこから、近畿から新しい言葉が生まれ、それが輪のように外へ広がったのではないか、ということは外縁ほど古い言葉が残っているのではないか、という柳田の「方言周圏論」が生まれたのである。
それはともかく、俺は1959年東京生まれで、蝸牛を「ででむし」と呼んだことはない。「でんでんむし」もあまり使わず主に「かたつむり」だった。「でんでんむし」は童謡の「でんでんむーしむしかたつむりー」(作詞者不詳)で覚えた。「まいまい」も「つぶら」「つぶり」も使ったことがない。
今回「ででむし」の出典は柳田國男ではなく北原白秋だ。

北原白秋訳 『まざあ・ぐうす』 (角川文庫)。 もちろんこの表紙はスズキコージ画伯である。

詩人の北原白秋が鈴木三重吉の「赤い鳥」に「英国童謡訳」と称してポツポツ発表したマザー・グースの訳詩は、大正十年に『まざあ・ぐうす』の書名で出版された。マザー・グースの訳詞では俺はこれが一番好きで、スズキコージ画伯(なまず映画のタイトル画を描いていだいている)が装丁&素晴らしい挿絵を提供している角川文庫版を愛読している。
で、その「まざあ・ぐうす」の中にこんな一篇がある。

ででむし でむし

 ででむし、でむし。
   ぬすっとがくるぞ、おめんちの壁を
   ぶっこわしにくるぞ。
 ででむし、でむし。
 その角だせよ。
   ぬすっとがくるぞ、小麦をとりに。
   ぬすっとがくるぞ、夜あけの四時に。

原詩はこれ。

SNEEL,SNAUL

 Sneel,Snaul,
 Robbers are coming to pull down your wall;
 Sneel,Snaul,
 Put out your horn,
 Robbers are coming to steal your corn,
 Coming at four o'clock in the morn.

「新しくない言語」を作り出すため、俺は様々な言葉を集め、バラバラにして繋ぎ合わせる作業を繰り返していた。日本語のリズムを探っていくと結局七五調に辿り着く(八と六もある)。古い民謡や童謡、古川柳、古謡、都々逸に小唄、黙阿弥の台詞や平田篤胤まで使ったその中に、白秋訳「ででむし でむし」があった。
「ででむし でむし」は響きとリズムが面白い。北原白秋は熊本県出身で福岡の柳川で育っている。だから白秋は日常的に「ででむし」を使っていたのではなく、言葉の響きで選んだのだろう。マザー・グースは発語しなければ無意味な詩だからだ。
「ででむし」は俺の脚本の中でも大変重要なフレーズになった。言葉が強い。「ででむし、でむし」と繋ぐと見事に決まる。さすがは白秋である。
しかも「ででむし」から連想が次々に広がり、ついに映画のラストまで決まってしまったのだ。俺は脚本を書き始めるとき終わりを決めていないことが多い。書きながら何かを発見していくことが「書く」ということだ。それは安部公房から学んだ。だから一つの言葉でラストが変わる。物語とはそういうものだし、それでいいのである。
「ででむし」だけでなく様々な実験を重ねた結果誕生した、俺の「新しくない言語」は果たして成立しているのか、『赤の女王』でご確認いただきたい。

ちなみに今回出演した俳優の中で、ででむしは一番撮りやすかった。

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